2019 06.18

#05

江之浦測候所

青い真っさらな線。遠くに小田原城が見えて来た。少し小高い丘に、お城が見えて来たとき、私は訳もなくワクワクする。「お城だ!!」と叫ぶ子供のように。
車でさらに海岸線を進んでいき、グルグルと道を間違え、たどり着いた先に現れたのが『江之浦測候所』。
アーティストであり建築家である杉本博司氏が小田原の江ノ浦に築いたアートと建築の集合体。新しくもあり、遺跡のようでもあり、ちょっとした異世界の入り口のような場所である。

駐車場を案内してくれたおじいさん。ここで働く人はとても優しいのが印象的だった。忘れ去られた「ぶんめい」を守っている村の人たち、と感じさせられる。
思わず、「私もここで働きたい!」と言ってしまったほどに、働いている人たちから幸せ親切オーラが出ている。
親戚のおじさんのように暖かい。公共施設・商業施設を訪れてここまで働く人たちに惹かれたのは初めてだった。それだけここは、幸せ指数が高いのかもしれない。現代の物質的なものから隔離された村。というのが初めて訪れた私の印象だった。

写真家であり、建築家であり、演劇、映像、執筆…およそアートと呼ばれるものの領域を超えて現代美術家として活動する杉本博司氏がつくった小田原文化財団。相模湾を見渡し、蜜柑畑の広がるこの広大な敷地に『江之浦測候所』がある。見学は完全予約定員制で、午前の部と午後の部の二部に別れる。一度に入場できるのは限られた人数のため、ここでは、人が多すぎてゆっくり見られないなんてことはない。写真を撮るにも、人が入り込まない写真を撮り放題。普段は、「ここの人が少しずれてくれたら!」なんていうフラストレーションも一切なし。

  • 正面の『明月門』旧根津美術館から移築された。(元は室町時代、鎌倉明月院に建てられた禅宗様式の門)

  • 受付に入ると、ここでも笑顔の素敵な係員に迎えられ、施設の説明を受ける

しかし、「なぜ、測候所?」という疑問を持つ人も多いだろうと思うが、ここはその名の通り、自然、天空を展望するための場所。毎年、冬至や夏至の朝日が、隧道(トンネル)やギャラリーを一直線に通る。古代、夏至、冬至、春分、秋分は人々にとって宗教的に非常に重要な意味があった。

杉本氏はこう言う。
「悠久の昔、古代人が意識を持ってまずしたことは、天空のうちに自身の場を確認するする作業であった。そしてそれがアートの起源でもあった。」(江之浦測候所 解説より)
つまり、ここは杉本氏がアートの起源に立ち戻り、自然の中に、朽ち果てた文明の遺跡を集め、人が自然・宇宙の中に対峙して、もう一度人とは何か、そしてこの先の人類はどう行くのか、考える場所としてつくられた場所だ。

  • 夏至の太陽が昇る時、100mの長さのギャラリーに光が通る。杉本博司氏の代表作、海景が展示されている。ここを通り、次第に海に近づいていくのは感動がある

滅びた後の美しさをつくる
誰が作ったともなくそこにある美しさ

  • 何万年前の地質の化石から、人類の残した古いものがいたるところに置き忘れられたようにそこにある

  • 海を背中に、右堺大阪道の道標
    かつて旅人の道しるべとなってのかと思うと、今ここに再び生きていることが面白く感じる

  • 当時の日には、光学硝子舞台の中央から日が昇り、
    左にある隧道に光が通り抜けるように計算されている

  • この先は立ち入り禁止という意味の石が置いてある

蜜柑が実る道を降りると海を見下ろす空き地に出る。竹林の道がサワサワと、笹が風に踊る。
まるで宝物探しのように、古いものや、アートを辿って施設を堪能する。
古墳時代、飛鳥、平安、鎌倉、室町…時代の遺物がここに集められている。それぞれは人の手によって「カタチ」として命を受ける前から、存在していたもの。そんなものに囲まれて悠久の時代、今が繋いでまた未来へ続く。
その中にいる自分が、タイムトラベラーのような不思議な感覚にとらわれる。

きっと、ここは季節によって、光によって、湿度によって、様々な姿を見せて、
訪れる時々によって違う発見が楽しめる場所だろう。

滅びの美学というものがここにあり、海景を臨む場所
古代人が見ていたそこに自分の心象風景を溶け込ませて佇む

小田原文化財団 江之浦測候所

所在地:神奈川県小田原市江之浦362番地1
営業時間:1日2回 午前の部(10時~13時)、午後の部(13時30分~16時30分)
7月8月限定  夕景の部(17時~19時)各回定員制
入館料:事前予約 午前の部、午後の部:3,000円(税別) / 夕景の部:2,000円(税別)
当日券  午前の部、午後の部:3,500円(税別) / 夕景の部:2,500円(税別)

 

見学の後には、江之浦測候所から坂道を下った海岸線すぐ、「うしお」という海鮮のお店で、
広がる海を見ながら遅い昼食を食べた。
静かな時間を過ごした静かな感動。建築好きな大人の姿しか見当たらない、「大人の週末」にぜひ。